古/いにしえの面影       其の一阡弐百壱拾五

怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

撮影日  2015年01月30日 土曜日
アップ日  2016年03月01日 火曜日
大阪府豊能郡能勢町天王(天王八幡神社のアカガシ)

ワッカン~
資料として気になる街角
撮っておきや!(by UFO先生)

天王峠(てんのうとうげ)は大阪府豊能郡能勢町内にある峠。
峠は一般的に兵庫県(篠山市福住)との境界と認識されているが、峠の地点は大阪府に属している。
国道173号(峠の地点は天王トンネルの天王地区側入口に接する)となっているほか、旧道が存在する。
加古川水系の水無川と、武庫川水系の羽束川が接し、両水系の分水界をなす。
古くは丹波街道(丹州街道)の摂津国と丹波国の境に聳えており、商人達が通る場所となっていた。
1978年(寛政10年)に刊行された「摂津名所図会」では「脚木摺峠」(すねこすりとうげ)と明記されている。
峠の近くには1962年(昭和37年)に地元民により建立された「丹州街道古民謡の碑」があり、
古い歴史を物語っている。

境界については古くから摂津国と丹波国の間で論争がたびたび起こったとされている。
17世紀末の1699年(元禄12年)、丹波国多紀郡福住村が峠の所有権と国境の位置を巡って京都奉行所に提訴している。
その後奉行所で論争が始まるが、相手側の摂津国能勢郡天王村は「脚木摺峠(現在の天王峠)は摂津国の領地である」
と主張し論争は大騒動に発展したが、結果は天王村が勝訴したという。
1876年(明治9年)峠付近の府県境が確定したことにより、峠部分は大阪府に属することとなった。
(Wikipediaより)


(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

R173を挟んで天王地区は
東西に分かれています。
西側は前に~1 2
大きなトタン被せ家屋は
茅葺きでしたがね…

※今回は東側~

天王地区は山に囲まれて~

※双子蔵が背伸びして~

年越ししてから寒波が来ました。
でも、暖冬だとか~

※縦方向に板を貼るのは
雪対策でしょうか?

立派な石垣
白壁土塀

※雪吊りも
なされています。

お家への入り口?
と思えば~

※お邪魔して~

下に鳥居はないですが~
参道燈籠が…

※可愛い狛犬と
八幡大菩薩碑

階段登りながら振り返ると
天王集落が一目に…

※薄っすら鳩フォント~

整備されていますが
登りにくい(家内談)



境内地

※見返って~

小さめの社殿

※平成23年銘
宇佐神宮印
天王八幡神社殿

昔の飾り瓦?

※昭和14年9月
建立碑

年を経たアカガシ

※昭和14年9月
建立碑の裏側
應安3年銘
応安(おうあん)は、日本の南北朝時代の元号の一つ。北朝方にて使用された。
貞治の後、永和の前。1368年から1374年までの期間を指す。
この時代の天皇は、北朝方が後光厳天皇、後円融天皇。
南朝方が長慶天皇。室町幕府将軍は足利義満。
(Wikipediaより)


他にも木が在ったんでしょうね。
切り株が~
明るくなって…

※昔から見つめて~

竿がない石燈篭



大事に守られています。

※この姿がスタンダードに

職人のニヤリが~
扇紋

※静かな空気の中~

もう一度見返って~

※羽束川上流部。

やはり、持ってるものはUPして
資料的に残さねば…
気を抜いたらあきません~
何時のが出てくるか判りまへんで!
袖すり合うも他生の縁~
いつまで知った景色があるのやら。。

頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
ページトップへ戻る

Copyright c 2003 Office Young Moon. All Rights Reserved.